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2015年4月29日水曜日

【オウム】高橋克也 第33回公判③被告人質問一日目

オウム入会のきっかけは?
「 “超能力秘密の開発法”を読んだのがきっかけ。
24歳か25歳の時、生き方を模索している時に、そうゆう本もあったなと。
最初は胡散臭いと思ったけど、体操みたいなのをやり始めた。



玄米菜食も一緒にやったら低血圧が改善されて苦にならなくなった。
体調が良くなったので他に呼吸法とかもやってみた。
それでオウム神仙の会を知りたいなと思い、本に書いてあった連絡先に連絡した。
すると、“実践瞑想ヨーガの集い”というイベントを勧められた。
小田急線のどこかの会場だった。15分くらい瞑想と呼吸法を指導してもらった。
実践的だなと感じ、もうちょっとやってみたいと思った。」

その後、道場を訪ねた?
「はい。1987年の7月位です。」

道場でどういう体験を?
「話を聞いて、入会したと思う。」

一番大きな動機は?
「やっぱり・・う-----ん、その当時は超能力的なことにすごく関心がありました。
(神仙の会は)ひどくアットホームでしたね。
来る者を拒まずといった感じで、全体の雰囲気としたら客の多い家みたいな、普通の一軒家でした。」

入会後、シャクティーパット準備コースに出るようになった。
インストラクターは山本M。
10回出るとシャクティーパットが受けれる。
このコースで体調が良くなり、心が安定してきた。

「シャクティーパットでは、グルの方に頭を向ける。
しばらくして尾てい骨の辺りに熱感を感じて、液体みたいのが背骨を上る感じが少しした。

その時、少し雑念が湧いたっていうか、変なビジョンがよぎった時、

“雑念が湧いているから集中するように。”

と言われた。
間髪入れずに言われたからビックリした。

光は?
「少しだけ感じた。霊的エネルギーの注入はよく分からなかったが、受けてみて熱感とか、浮かんだ雑念が伝わったのに何よりビックリした。」

体験した後は?
「もう一回受けたいと思って、コースを受け続け、手伝いをするようになった。
ほとんど泊まり込みになり、どんどん身近になっていった。
1987年の7月に出家しました。
修行に専念しようと思いました。超能力に興味が出て、それを目指すには出家だと思った。
父は “お前の好きんいようにすらばいい。"
母は・・ちょっと悲しいんですけど…貯金を心配してるような・・。悲しかった。
全貯金と車をお布施しました。貯金は370万円くらい。」

1988年に富士に総本部道場ができた。

記念式典に、チベットの高層カール・リンポチェがきた。優しげな人だった。
「あなたたちは、このようなグルの元で修行できて幸せだ。」と言われた。
自分は間違ってなくて、これはチベットの教えなんだと思った。

出家後の帰依は?

「より深くなった。変な言い方なんですけど・・
グルの一つ一つの言葉が心に響く感じ。

ものすごく優しいものあるんですけど、恐い。
態度が恐いんじゃなくて、

透明すぎて、自分が見透かされているといつも感じていた。

出家後の修行は?
「あまり進んでいなかった。同じ時期に出家したのは、石井、飯田、山本、上祐。
クンダリーニは早い時期に成就した。認定されたのは92年くらい。」

どんな修行をした?
「経行(きんひん)といって歩く修行。
一日2回、片道6㎞。一日24㎞くらい。これを一か月やった。他に瞑想と呼吸法。

何か変化は?
「ダルドリーが少し起こった。少し明るい光を見た。ダルドリーというのは、蛙飛び…蓮華座の状態で体が跳ねる現象。」

輪廻転生や、当時、今生きている現世の意味をどう考えていた?
「生きて死ぬだけだった何の意味があるのだろう・・・
来世を良くするために生きていると思った。」

小乗ヒナヤーナ、十戒を守った?
全員守っていたと思う。ゴキブリも殺さない。アリを踏まないように歩いた。

ヴァジラヤーナの説法を聞いた?
「それは初期からあった。あらゆる手段を使い、速やかに解脱する。ポアが殺人の隠語だという事は知らなかった。」



どんなワークをやった?
「車両関係のワーク。修理や運転です。あらゆる車を運転した。10tトラック、バスも。
出家後に大型の免許を取った。

心がけていたことは?
「安全、確実。なるべく早くを心がけていました。」

何か通達はあった?
「時間を作って他の修行をしていた。睡眠時間を削って修行やワークをしろという風潮で、それをまともに実践してしまって、車をこするとかの事故が沢山起きた。
運転のある人は寝なさいと通達がありました。」

上司は誰でしたか?
「ワークにおける上司は山田さん、杉本さん、94年頃は野田さんかなぁ…。
支部の時は二宮かな? その後井上になりました。946月に省庁制度ができた時です。
CHSに入ったあとのワークは井上に運転を頼まれた。省庁制の前も後も同じ運転だった。」

当時の生活パターンは?
「パターンはなかった。」

じゃあ何してたんですか?
「一日300㎞、1か月1万㎞運転した。その車をお布施した人がものすごくビックリしていたほど。
目的地、時間の指示だけど目的は教えられずにただ運転するだけ。

教団の中では不必要なことは聞かない。
ワークはグルの意志の実践なので。

どんな非合法活動をやらされた?
「盗聴を少し。井上君が盗聴するから乗せていった。
企業や広島の三菱、岐阜大学の研究室に侵入した。
〇〇近くの工場から書類を持ち出したりした。これ以外は全部見張り。」

なんの為に書類を持ち出した?
「科学技術省ができないからと。」
「見張りの時は“人が来たらトランシーバーで教えて”と。何の為かの説明はなかった。
グルの意志だという事は暗黙の了解だった。」

麻原に会って、それは麻原の意志なのか確認した?
「会えなかったから確認はしていない。
井上の指示は麻原の指示と疑念は持たなかった。」

なぜですか?
「・・・なぜ…ですか…。当然井上もグルの意志を理解してこっちに指示していると思っていました。疑念を持つことはよくない事をされてました。それはグルの意志に逆らうことで、小乗の転生が悪いものになる。例えば三悪趣に堕ちるとか。」



教団が化学兵器や自動小銃を製造しているのは知らなかった。

サリンを作っていると聞いたことはなく、知らなかった。サリンプラントの建設も知らなかった。

LSDについても知らなかった。

輪島さんが事故死して焼却された事は知っていた?
「知りませんでした。」

田口さんが殺されたことは?
「田口さんは知っているが、下向したと聞いた。」

坂本弁護士は?
「知らなかった。」

落田さんは?
「知らなかった。」

滝本弁護士にサリンやVXで攻撃したことは?
「知らなかった。」

富田さんを殺したのは?
「知らなかった。」


第33回公判④被告人質問はこちら↓

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