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2015年4月29日水曜日

【オウム】高橋克也 第33回公判②被告人質問一日目

2015323
高橋克也
東京地裁 104号法廷

いよいよ被告人質問っ!!!!
克也が事件を語りますっっっ!
注目度が高いこの日は報道記者席がいつもより5席多かった~!




先週と比べてさらにやつれた?どーした?
緊張して食べれなかった(^_^;)???

☆被告人質問一日目☆
   
主任弁護人 高野先生からの質問

「高橋克也です。56歳です。」

・出身は横浜港北区
・父―会社務め、母―時期にもよるけどパート勤め
父は口数は多くなかったけど基本的には理解されていると思っていた。


お母さんはどんな感じ?
「ちょっと一言では・・・・。まぁ明るい性格だと…」
・・・お母さんについてはびみょーな答え(・ัω・ั)

・父は平成61212日 他界
 母は平成23915日 他界
・4つ上の兄が一人。九州の大学に進学後、高校教師に。今でもたぶんしてる。
 最後に兄に会ったのはたぶん30年以上前カモ。

小学校は近くの公立。

どんな子供でしたか?
「外で遊んだりも好きでしたけど、静かに本を読んだりも好きだった。」

友達はいた?
「はい。」

成績は?
「成績は普通で、たまに2。たまに4。 理科と美術が好きだった。」

中学も近くの公立で、小学校の友達もそのまま通った感じ。
部活は柔道部で中学時は2級取得。最終的には2段。
中学の大会ではそんなに勝てた記憶はない。

趣味・楽しみー野球、釣り、読書、漫画

成績は小学生の時と同じ感じ。理科と技術が好きだった。

当時、具体的な将来の夢はなかったが5年制の高等専門学校に進学する。
ここでは電子工学を勉強。

なぜ高専に?
「自分の成績でも行けるし、当時高専に行く人が多かった。家族も賛成したので・・。
(最初は)兄に勧められた。なぜだか良く分からなかった。
そんな話するような感じじゃなかったんですけど・・わりと強めに、行ったほうがいいと。
悪く取れば、20歳で卒業なので、お金がかからないから、それで兄が大学に行けるからかなと。」

「兄は***大附属の小中。高校は付属に行けなくて県立。大学は**大に受かったが行かず、一浪して***大学に行き、大学院まで行った。」
・・・学校名でましたが、伏せることにしました(´ . .̫ . `)

大学に行きたいと言わなかった?
「色々考えてるうちに・・そうですね・・・
色んな事を学びたいなと感じるようになりました。
親に、大学行きたいとか言いました。
自分が強く言えば “行ったらいい”と言ったかもだけど…笑って「しょうがない。」と答えられました。
「〇〇は長男だから! お前は次男だからな~」と何度も言われた。
父は仕事が大変そうで、あまり強く言えなかった。」

高専で発明に興味を持ち、特許弁理士にちょっとなりたいと思い調べたが結局、卒業前に諦めた。

20歳で家の近くの電気関係の会社に就職。
パソコンを作ったり調整する仕事に就く。

会社になじめた?
「そうですね。会社というか、職種に馴染めなかった。
自分の問題だと思うけど・・決められた事をやるだけなんで。」

同僚や上司とは?
「いい人はいました。家に近いって理由で選んだだけだから、一年後違う会社に移りました。
もっと小さくて10数人位の会社。デジタル関係で設計・開発もしていた。計測制御システムの開発、ハードもちょこっと。」

やりがいは?
「やりがいというか、体力的にきつかったけど、それに比して得られる喜びも大きかった。

馴染めた?
「最初は必死だった。違和感は感じなかったが、徐々に派閥みたいのを感じるよになった。
社長はパートさんと浮気をして、結局社長が辞めた。その時仕事の一部を持っていってしまった。」

仕事の評価は?
「開発したものがのちのちメンテしやすいようにとか心がけていたけど、仕事が遅いと社長に言われた。」

「ある時、相当大変な仕事をしていて、100時間くらいの残業だった。その時は2627歳くらい。
急に力が抜けて(会社を)辞めた。
両方とも(2つの会社)間違っていたと、自分の根底の生き方に迷いが生じた。色んな事を知った上で人生の選択をしたいと思った。」

辞めてなにをしてた?
「何もしないで実家で本を読んだりして生活していた。」

どんな本を?
「ヨーガ、宗教関係。本田総一郎さんとか。」

何を求めてそういう本を?
「まぁ、一言で言うと、生き方。成し遂げた人の考え方、生き方を求めていたって言ったら正しいかもしれません。」

宗教的な事に関心を持ったのは?
「小学23年生の時、近所に一人暮らしのおじいさんがいた。
実家は川の近くで、いつも橋を通っていた。
ある時、そのおじいさんが橋の欄干に手をかけて辛そうにしていた。横を通ったら、足が痛そうにしていた。
でもニコっと微笑んだので、そのまま家に帰ったんですが、肩を貸したりすればよかったかなと思った。

しばらくしてから、そのおじいさんは自殺した。
あの時笑ってたんで、大したことないって勝手に思い込んでしまった。
何かしてあげたらよかったと思った。今でも鮮明に覚えています。」

ヨーガに関心を持ったのは?
「中学の時に本屋でちょっと立ち読みをして、面白そうだなと思って買った。超能力的なことがちょこっと書いてあった。」

なんという本?
「沖正弘のヨーガ入門だったと思います。」

「高専時代も何冊か宗教の本を読んだ。修行をすれば超能力が身に付くと書いてあって、宗教的な面に興味を持った。」

働き始めてから阿含宗に入信。2122歳の時。
阿含宗では日々の修行を教えられた。月に一回は「例祭」で道場に行く。
京都で護摩を焚く「大祭」に行ってチラシを折る手伝いなどをした。

何を得られた?
「う-----ん。これと言って…なかったと言うか、京都の護摩の時、みんな何支部の団体とかで来ていて、紛れ込んだら「あなた関係ないでしょ」と怒鳴られた。

阿含宗はいつまで?
「たぶん2627くらい。」

辞めてどうした?

「会社を辞めた時期に辞めた。色んな本を読んだりしました。」

③に続く〜☆

第33回公判③被告人質問↓
http://jazzytokyo106.blogspot.jp/2015/04/33_29.html

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