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2015年2月28日土曜日

【オウム】高橋克也 第23回公判②北村浩一証人 地下鉄サリン事件

2015年2月26日

北村浩一 証人尋問の続き~☆

弁護人
広瀬がサリンを撒くんだと 気づいたのはAHIに向かう車中?
「遅くとも、その段階までには・・」

その時初めて分かったのでは ないんですね?
「車中かどうかははっきりしません。」

平成91030日の外崎の裁判で証人出廷したときに、
 “中毒の話は出たけど サリンという言葉は出なかった”と証言してますね?
出なかったけど、今までの経験からサリンと気づいたんではないですか?
「・・・・どちらとも言えません。」


渋谷ホームズで井上は ”サリンの量が増えた!  一人1リットルになった。“ と言った?
「・・・記憶にありません。」

ペアの発表前後、話し合いや議論はありましたか?
「覚えてないです。。記憶にない。」

時間についての話し合いはありましたか?
「・・記憶がないです。」

村井が林泰男に電話をしてきたのは知っていますか?
「少し覚えてます。」

正大師がサリンを取りに来いと言ってる、と聞いた記憶は?
「…聞いたかどうか覚えてません。」

豊田が大きい声で “サリンを取りに来てください” と言ったのを聞きましたか?
「・・・・・・(長い沈黙)・・・聞いたか覚えてません。」

これがサリンかー!と誰かが 言ったのを聞きましたか?
 「聞いたか覚えてません。」


運転手は運転の事しか考えない、何も聞かない風潮だった事を印象付けたい弁護団。
運転役だった高橋被告は、もちろん実行役になにをするのか聞かないし
運転の事だけに集中していたと証明したい。

運転のワークは麻原以外にも、 麻原の家族や幹部も乗せる事がありましたか?
「はい。ありました。」

教団の計画に携わった事が ありましたか?
「・・・・」

教団全体が取り組むような事に ブレイン役として意見を言ったり していましたか?
「それはありません。」

運転のワークの時は、”誰を、どこに“ だけが必要な情報だったのではないでか?
「だいたいそうです。」

何のために、そこで何をするかは いちいち 説明されないのではないですか?
「そういう事の方が多いです。」

目的地まで送り届けて、 その後は関心を持たなかった。そういう姿勢で運転のワークをしていたのではないですか?
後ろに乗っている人の会話は 聞いていましたか?
「聞いてないです。 注意を払って聞いてはいない.
乗ってる人は誰でもよくて、 タクシーの運転手みたいな感じ。」

そのワークが、どんな目的、意味なのか考えていましたか?
「・・・・あんまり考えてなかった。
言われた事をやれば良いという風潮だった。
弟子は無知なので、全てを分かってる人から言われた事をやっていればいい。

科学技術省が作るものは信用できない。UFOを作る計画もあった。 
・・・・・・・(@_@;)UFO???

「日出づる国、災い近し」サリン事件の後に読んだ。



人類をポアする為と思っていたのは本当ですか?本当は、 事件を振り返って考えた事では?
   ・・・なかなか鋭い質問しますっっ!
「事件直前に考えた事はなかった。特に意識して考えていなかった。」

無差別殺人するんだと考えていましたか?
「意識して考えてはいなかった。」

サリンという言葉はめったに聞く 言葉ではないですよね?
「説法で度々出るようになってからは 時々出る事もあった。外からサリンに攻撃されたと言う人もいた。」

・・・弁護人のねちねち誘導尋問すごくて北村かなり困ってる

密閉空間の中で誰かが“サリン”と言ったら、記憶に残るのではないですか?
「・・・・説法で度々聞くように なってからは・・そうとも言えないです。」


三角屋根の建物は、ボツリヌス菌、炭疽菌の培養ワークの人が寝泊りしている所。
このワークは色んな省の人が集まっていた。出入りできるのは関係者だけ。

争点である
「高橋被告がサリン散布を知っていたか」について

・下見に行くまでの間で、渋谷ホームズでは「サリン」という言葉は出ていなかった記憶。
平成9年の裁判でもそう証言している。

・豊田、杉本、広瀬の裁判での証人尋問でも「誰もサリンという言葉を使わなかった。」と証言している。

320日の朝から出発までの間も、サリンという言葉は使わなかった。


1330 北村退廷


弁護団の尋問の持って行き方が、本当に綿密に計画してるなって思った。
裁判は、真実を明らかにすのではなく、どう信じてもらうか、
どうやって裁判員、裁判官の気持ちを自分らの主張に同調させるかだなって改めて分かった・・・。

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