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2015年2月27日金曜日

【オウム】高橋克也 第22回公判②林郁夫 地下鉄サリン事件

高橋克也第22回公判 ②

証人 林郁夫 の続き~!

入廷する時は毎回 報道、特別(被害者遺族の為の特別傍聴席)、
検察の後ろで参加している被害者参加人に頭を下げる郁夫氏。


104号法定の図(裁判官&裁判員、書記官は割愛)

平成7320日 朝

上九から渋谷ホームズに戻る。

サリンは大部屋の中央に置かれていた。

誰かが 「サリンの袋を取りにきてください。」
・内袋がやぶれているのが一つあった。数名が見に行った。
 この時「サリン」という言葉が確実に出たかについては分からない。

「今、サリンという言葉が色々話題になってるから・・克也さんの問題だし、慎重に答えないと。。」

5ccの注射器にアトロピンを2cc吸ったものを実行役の所に持っていき、
中毒になったときに打つよう指導。

誰かが「もう出発しなきゃ」と言った。

545頃 ホームズを出た。
他のメンバーも続々と出ていった。

新実はすでに車で待機していた。

まず新御茶ノ水駅に行き出口を確認。

ニコライ堂横に車を停め、新実が買ってきた新聞紙に外袋から外したサリン袋を包んだ。

ニコライ堂:一度行ったことある。とーてもきれいな教会☆


千駄木から電車に乗って北千住まで行った。

実行するときに座っていた方が良いのではという案が出たので座れると思って始発駅である北千住まで行ったが始発駅ではなかった。

身動きができな程混んでいた。

郁夫 「カバンを脇に抱えて、別の新聞と一緒にサリンの袋を挟む形で持っていました。」

検察 「それからどうしましたか?」
 「・・・・それから・・(言葉を詰まらせ、かなり小さい声で)
床に落としました。
(涙で言葉がでない。時間をおいてから)
「それから 突きました。」涙涙涙・・・

その後新実の車戻り、新実が用意していたビニール袋に着ていた服を入れた。

ペットボトルに傘の先を入れガムテープで密閉した。
新実がこのような準備をしていたのは知らなかったので、手回しがいいなぁと思った。

渋谷に戻り、実行役全員にパムと硫酸アトロピンを投与した。

高橋は自ら打ってくれと言ってきた。

自分から言ってくる者は他に誰もいなかったからよく覚えている。
高橋には中毒症状がでていなかったので薬の副作用が心配だった。
血圧を計ったりした。


上九に戻り麻原に報告。

48日に別件で逮捕され、57日にサリン事件を自供。
自主扱いとなった。

「心を取り戻す事ができ、 麻原が宗教家じゃないと分かった。
自殺しようとした時に亡くなった人の無念さに気が付いた。(涙 涙・・)
医者であった私が・・・うっっ (涙)
千代田線の職員の方が命をかけて・・・
気づかせてもらいました。」 

聞き取れませんでした。 涙涙で言葉になってなかった。

「最初から思っていたけど、生きていく価値がない。
でもご遺族の方が自分の法廷で話してくださったり、上申書を書いてくださって
感謝と・・・(涙)。 祈り、自分なりにしっかり生きていくつもりです。
どうしてあそこまで麻原の事を信じたのか・・。沢山の方を亡くならせて、傷つけてしまった。
心からお詫び申し上げます。
事件を風化させたくないと思っています。
  
今回が被害者の方に直接お詫びができる 最後の機会なので、用意してきたものがあります。お時間をいただけるなら・・・
 9分位のものなので・・」

検察 「・・・手短に。」

裁判長「9分ですか・・・(ㆆ_ㆆ)  じゃ、それはまた後で」



弁護人の反対尋問と検察最終尋問、
裁判所尋問へと続く~

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